リモーネ

映画。小説。

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KISS・KISS

 
電話が鳴った。夜中の2時にだ。当然、僕は寝ていた。
「ふぁい、もしもし…」
誰がかけてきたのかは分かっている。ミッコさんだ。
『もしもし! わたし! 大変なの! あのね、ゲロ吐いたの! もう死んじゃいそうなの!』
「・・・・・・・」
元気そうじゃんか。
「すぐ来て! ロフトの前のバス停のベンチに座って待ってるから、ね!」
ミッコさんは、自分の言いたいことだけ告げると、さっさと電話を切った。

                               ☆

ばぁか、野朗!
ふざけんなよ!
僕は、あんたの、おかかえ運転手じゃないんだ。
早く、車持ちのダンナをもらえよ。
もう、25歳過ぎてんだろ。
遊びほうけてないで、とっとと嫁に行け!

                                ☆

ミッコさんの顔を見るまでは、そう怒鳴るつもりだった。

                                ☆

車から降りた。
途端に、ミッコさんが飛びついてきた。
「モッくん! ねぇ、助けて! ニーヒャが、鼻水タラタラで、身体ガクガクで…。死んじゃう、死んじゃう!」
「は…?」
ミッコさんが死にそうなんじゃなかったのかぁ。
「…で、ニーヒャって何ですかぁ?」
ロシア人の男でも行き倒れているのかと思った。
「これよ!」
ニャー。
いきなり、ミッコさんが、ダンボールの箱を差し出した。ギョッとした。
「えっ…」
猫が、その中にいたのだ。

                                ☆

「ヒドイのよぉ。タクシーはニーヒャを乗せてくんないんだからぁ!」
「・・・そうでしょうね」
僕も、乗せたくなかった。
灰色のノラ猫だ。しかも病気持ちときたもんだ。

                                ☆

「もう、頭にきたわ!」
ミッコさんは、カンカンだった。
どこの動物病院も診てくれなかったのだ。
当たり前だ。
こんな夜中に、だれが診るもんか。
「あのね…」
僕は、運転しながら溜め息をついていく。
「・・・なにも泣くことはないでしょ?」

                                ☆

これは誉め過ぎかもしれないけれど。
ミッコさんは、時々、『プリティーウーマン』の、ジュリアロバーツに似ている。
少なくとも。
後姿はソックリだ。

                                ☆

「ふうん…。モッくんって、獣医さんみたい」
ミッコさんが、ジッと僕を見てる。
「僕、田舎にいた頃、どーぶつ好きで、よく飼ってましたからね…」
こんなのには慣れているのだ。
「…ミッコさん、この猫、どーすんですか? このマンションは、猫なんて飼えませんよぉ」
「会社の同僚にあげるから、いいの」
「ふうん…」
僕は、あくびしながら言った。
「明日、会社あるんでしょ? 自分の部屋に戻って寝たらどーですかぁ?」
ミッコさんは、隣の住人だった。
1年前。
僕の水玉模様のトランクスが、風に吹かれて隣のベランダに飛び込んだ。
それ以来、僕は、この人に振りまわされている。
ミッコさんは、僕を男として見ない。
その証拠に、こうだ。
「わたし? 明日、会社休むわ。生理休暇もらっちゃうから平気よ」

                               ☆

コーヒーを飲みながら、ミッコさんが言った。
「…もっくんの部屋って、いつ見てもキレイよね。彼女とか、掃除しに来てくれるの?」
「いいえ、彼女は今のところいません。 おふくろが、月に一度来て、掃除していきますけど…」
掃除くらい、自分で出来る。
「ふうん…。過保護なんだぁ」
「・・・・・・・」
その台詞、そっくり返してやりたい。
一人暮らしといっても、ミッコさんの実家は、すぐ近くにあるのだ。
彼女は、金持ちのワガママ娘だ。
「あーーーーっ!」
いきなり大声。
「な、なんなんですか!」
今、何時だと思ってんだよ。わめくなよ…。
「どうしよう、忘れてた!」
「いったい何を忘れたんですか?」
ミッコさんは、シャネルのハンドバックから手帳を取り出して答えた。
「ヤダ…。明日、お見合いしなくちゃ…」

                               ☆

何秒くらいたったんだろう。
しばらくの間、僕は言葉を失っていた。

                               ☆

「ねぇ、モッくん。冷蔵庫のプリン、食べてもいーい?」
「いいけど、それ、賞味期限、切れてますよ」
僕は嘘をついた。
ミッコさんは、残念そうに唇を尖らせた。
「チェッ! つまんないの」
でも、すぐに気を取り直した。
そして、パッと立ち上がった。
「あっ、そうだ! わたしの部屋にジャイアントコーンがあったんだ!」

                                ☆

アイスクリームを舐めながら言った。
「モッくんは、どう?」
「僕は、冷たいもの、苦手なんです」
虫歯にしみるから、イヤなのだ。
「…ふうん。ねぇねぇ、モッくん、明日、授業、出れる? 寝なくていいの?」
ミッコさんが、ニーヒャの顔を眺めている。
ニーヒャは、クウクウ寝ていた。
「別に、いいですよ」
休んだって、どーってことない。
「いいわね、大学生って…」
うらやましそうな声だった。
「モッくんって、20になったばかりでしょ? 若いっていいわよね」
少し、表情が曇った。
「…わたしなんて、明後日で26歳よ」
「・・・・・・・」
夜更かしは、お肌に悪いですよ。
言いかけて、やめた。

                               ☆

僕は言った。
「ミッコさん、お見合いするんだったら、ちょっとスイミンした方がいいんじゃないですかぁ?」
「いいわよ」
ミッコさんは、ツンと呟いた。
「あのね、わたし、パパに言われて、仕方なくお見合いするの。25歳越えたら結婚するって約束しちゃったから…」
「…………」
僕は、前から不思議に思っていたことを尋ねた。
「ミッコさんって、好きな人いるんですか?」
僕の見たところ…。
彼氏も、片思いの相手もいないようなのだ。
「…スキな人?」
ミッコさんは、ゆっくり微笑んだ。
「そうね。昔は恋人がいたわよ」

                               ☆

昔は、恋人がいた・・・。
僕は、ミッコさんの顔をジッと見返した。

                               ☆

ミッコさんが、なつかしそうに言った。
「その人、ニーヒャって渾名だったの」
「ニーヒャ?」
猫に付けたのと同じ。
「西平くんっていうのよ。大学の仲間たち、みんな彼のこと、ニーヒャって呼んだわ」
ミッコさんは、小さく笑った。
「ニーヒャって、痩せてて背が高くて、けっこう寡黙そうに見えるけど、冗談を言うのが上手くって、たのしい人だったの」
「で、その人とは…?」
なぜ、今は付き合ってないのだろう。
僕がそう尋ねる前に答えてくれた。
「彼ね、死んだの。事故で」

                               ☆

「わたしね、この4年間、ニーヒャみたいな人を探したけれど、みんなダメなの。わたしのこと、本当に思ってくれる人なんていないのよ」
それは、かなしい呟きだった。

                               ☆

ミッコさんは、わりと美人だ。
男にモテない筈がない。
少し(かなり)ワガママだけれど…。
けっこう優しいところがある。

                               ☆

「ミッコさん。ニーヒャって人と同じ人を探そうとしたってダメですよ」
思い出は、ガンガン美化されていく。
昔の恋ほど美しいものはない。
ニーヒャと比較すると、他の男が馬鹿に見えてしまうに違いない。
「理想を高く持ち過ぎない方がいいですよ」
僕がそう言うと、ミッコさんは怒った。
「なによ! パパと同じこと言わないでよ」

                               ☆

「わたしは、ニーヒャと同じ人じゃないとイヤだって言ってるんじゃないわ! わたしは、ニーヒャみたいに、本当にわたしのことを分かってくれる人を求めているだけ」
ミッコさんは訴え続けた。
「ただ単に、あたしのことをスキな人なら、いっくらでも作れるわよ。でも、そんなのいらないの! 安っぽい愛情や優しさなんていらない! わたしは、わたしのことを本気で考えて守ってくれる人が欲しいの。ただ、それだけよ!」

                               ☆

ニーヒャって奴は、ミッコさんの言うとおり立派な奴だったんだろうか。
だとしたら、スゴイ。
僕には、きっと真似できないよな…。
だって、僕は優しくない。
それに、僕は、ニーヒャのように冗談を言うのが上手い奴じゃない。
どっちかって言うと、皮肉を言う方が得意だ。
そして…。
「僕は、誰かを守れるような大人じゃない」

                               ☆

付けっ放しのTVから、お昼の番組の歌が聞こえてきた。
ニャー。
僕は、猫に顔を舐められてハッとなった。
「ミッコさん!」
気が付くと、彼女が消えていた。

                               ☆

モッくん…。
わたし、これからお見合いしに行ってきまーす。
ニーヒャをよろしくね!

                               ☆

僕は、バスルームの鏡を見て、唖然となった。
「…こんなところに、ルージュの伝言を残すなよ!」
なんてことしやがる。
あんの、馬鹿野郎…。

                               ☆

僕は、鏡をゴシゴシ拭った。
そして、いろんなことを考えた。
卒業っていう映画。
花嫁を奪って逃げたホフマンは…。
あの後、一体どーなったんだろう?
バスに乗った二人は…?
しあわせになれたんだろうか?

                               ☆

ニャー。
僕の手のひらを舐める。
僕は、ニーヒャと一緒にTVを見続けた。
…くだらなかった。

                               ☆

『やっだぁ! モッくんって、小さな車に乗ってるのねぇ! かぁいい! 白いカブト虫みたい! わたし、こういうのとてもスキよ』

                               ☆

なぜか、僕は、ミッコさんの言葉を、次々と思い出した。

                               ☆

『…ねぇ、モッくん。わたし、しあわせになれると思う? ねぇ、ねぇ…』

何かが、僕の中で叫んでいた。
もう、それは…。
セーブできないものだった。

                               ☆

西日が差し込んできた。
携帯電話が鳴った。
RRRRRRRRR RRRRRRR。
僕を呼んでいた。
僕は、携帯に手を伸ばすと、なつかしい声を聴いた。

                               ☆

『もしもし! わたし!』
ひどく焦った声だった。
ミッコさんは、機関銃のように喋り続けた。

                               ☆

『すぐ来て! 大変なの! もう、ゲロ吐きそうなの! 死んじゃいそうなの! 最低なの! 早く逃げなくちゃ、わたし、アルマーニのスーツを着たゴリラにやられちゃう! すぐ来て! モッくん! お願い! わたしね、今ね、北野のレピにいるの。トイレの中で非難しているから。ねっ! 早く、助けに来てね!』
…異人館の立ち並ぶ、あの、高級レストランで、いったい何をやっているんだろう?
ゴリラ?
なんなんだ、それは…?

                               ☆

車を止めた。
僕は、ジーパンとTシャツという格好で店に入ると、当然、呼び止められた。
「…あの、お客さま?」
僕は、そいつを振り払って言った。
「トイレはどこだよ!」

                               ☆

やたらゴージャスなドアを叩いた。
「ミッコさん!」
「モッくん!」
ダーンッと、ドアが開く。
と、同時に、僕は抱きつかれていた。

                                ☆

「よかった! 来てくれたのね!」
ミッコさんは、本気で怯えた顔をしている。
よっぽどコワイ目に遭ったらしい…。
「わたし、このまま、あのゴリラとケッコンするのかと思うと、怖くてこわくて…」
「…ゴリラ? なんですか?」
僕は、キョトンとして尋ねた。

                               ☆

『ゴリラ』
それは、ミッコさんの見合い相手のことだった。
29歳の青年実業家だ。
ミッコさんの父親の取引先の息子で。
3高には違いなかった。
でも、奴は、ゴリラにソックリだったらしい。

                               ☆

ミッコさんは、そいつと二人きりになった途端、身震いしたんだそうだ。
僕は、吹き出しそうになりながら、ミッコさんの話を聞いていた。
そして、安心した。

                               ☆

「…とにかく、気持ち悪いの。毛深いの。ヒゲが濃いの。でも、それだけならいいんだけど、性格がネチこくてイヤな奴なの。あいつ、自慢ばっかりするのよ」
ミッコさんは涙ぐんだ。
くやしそうだった。
「わたし、ほんと、気持ち悪くて、先刻、食べたフォアグラとキャビアを吐きそうになっちゃったわよ…」
「キャビア…?」
いいもん、食ってんだなぁ…。
「もったいないから、吐かない方がいいですよ」
僕は、咄嗟にそう呟いていた。
なにを言ってんだろう?
こんな時だっていうのに…。
まったく。
ミッコさんを見下ろして、僕は溜め息をついた。
そして、少し哀しくなった。

                               ☆

いつも、いつも…。
なぜ?
彼女に対して、こういうことしか言えないんだ?

                               ☆

僕は、深呼吸をした。
ミッコさんの顔を見つめていく。
そして、言った。
「とにかく、席に戻ってください」

                               ☆

相手がゴリラでも…。
このまま、放っておく訳にはいかないだろう?

                               ☆

ミッコさんが、急に大声を出した。
「い、いやよ!」
ブルッと首を振る。
「わたし、もう見合いなんてしない…」
訴えるように呟いた。
「…こんなのイヤだもの」

                               ☆

青ざめた顔は、すこし幼く見えた。
僕の目を見て囁く…。
「わたし、イヤなのよ。自分の気持ちを誤魔化して生きていくなんて出来ない…」
まっすぐな瞳。
ミッコさんは真剣だった。
キッパリと言ったのだ。
「わたし、本当に一緒に暮らしたい人と暮らすわ。誰に何て言われたって平気よ」
ゆっくり微笑んで言う。
「わたし、好きな人と暮らすから…」

                               ☆

ミッコさんが背伸びをした。
「…ニーヒャ、元気?」
僕の頬に手を伸ばしていく。
「ああ、元気ですよ」
ニャーニャー、うるさいくらいだ。
「…ほんと? ありがとう」
軽く、僕の頬にキスをした。
「わたし、とっても…、うれしいわ…」

                               ☆


その時、ノックの音がした。
ドアを開けると、外にゴリラがいた。
僕らは、ハッとして駆け出した。

                               ☆

「美佳子さん!」
ゴリラが、僕らを追いかけてくる。
僕とミッコさんは、手をつないだまま走った。
店中の奴等が、注目した。

                               ☆

車に乗って走り出す。
駆け抜けていく。
ボニー&クライドの気分だった。

                               ☆

僕は、アクセルを踏みながら尋ねた。
「これから、どこに行きます?」
「帰るのよ」
ミッコさんが笑った。
「ニーヒャに御飯、あげなくっちゃ」
言いながら、僕の横顔を見た。
「わたし、あの子をナイショで飼うわ。ニーヒャは誰にもあげない。だって、大好きなんだもん。手放せないわ…」
「…………」
なんだ、こりゃ?
バックミラーに映った自分の顔を見て笑った。
口紅の淡い色が、ほっぺたの上で光っている。
先刻、キスされたせいだ。
どうやら、僕は、完璧にイカレちゃったらしい。

                               ☆

僕は、こんなことを言っていた。
「キスしてもいいですか?」
我ながら間抜けな台詞だった。
でも、構うもんか…。
これから、いろいろとやっかいなことが起こるに違いない。
それでもいいと、思った。
「キス? あら、もちろんいいわよ」
ミッコさんが、クスクス笑いながら呟く。
「わたしも、そうしたいと思ってたの」
言いながら、真面目な顔になる。
「わたし、ずっと前から、あなたのこと好きだったみたい…」
「…今日は、僕達、気が合いますね」
僕は笑った。
信号が青に変わる瞬間に…。
「…僕は、あなたが好きでした…。たぶん最初から…」
僕は、素早くキスをした。

                               ☆

ニャー。
「ただいま、ニーヒャ」
ミッコさんが、ニーヒャを抱き上げる。
「坊やちゃん、元気にしてた?」
ニコニコ顔。
僕は、溜め息をつきながら言った。
「…そいつ、男じゃないよ。女だよ」
僕も、今、気付いたんだ…。
「え? ニーヒャって女の子なの?」
ミッコさんは、ジッとニーヒャを見た。
「へーえ、女の子だったんだぁ…」
目をパチクリさせている。

                               ☆

僕は、その表情を見て笑った。
「…そうだよ。女だよ」
そしたら、ニャーと鳴いた。
僕は、ニーヒャをつかまえる。
おまえ、女だよな?
「なっ…、ニーヒャ」
そして、2度目のキスをした。             



                                                おわり





※この短編は、昔、ワタシが雑誌に掲載したものです。加筆訂正ました。



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